東京地方裁判所 平成6年(ワ)12252号 判決 1996年2月19日
主文
一 被告株式会社ザ・フォーラムカントリークラブは、原告四元陽英に対し、一七五〇万円、同四元加代子に対し、七〇〇万円、同船戸節夫に対し、七〇〇万円、同冨岡信行に対し、二三〇〇万円及び同冨岡さと子に対し、二三〇〇万円並びにこれら各金銭に対する平成六年七月八日から各支払済みまで年五分の割合による金銭をそれぞれ支払え。
二 原告らの被告株式会社ザ・フォーラムカントリークラブに対するその余の請求及び被告野間口洋二に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用中、原告ら及び被告株式会社ザ・フォーラムカントリークラブに生じた分は、これを十分し、その八を同被告の負担とし、その余を原告らの負担とし、被告野間口洋二に生じた分は、原告らの負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告は、各自、原告四元陽英に対し、二〇〇〇万円、同四元加代子に対し、八〇〇万円、同船戸節夫に対し、八〇〇万円、同冨岡信行に対し、二七〇〇万円及び同冨岡さと子に対し、二七〇〇万円並びにこれら各金銭に対する平成六年七月七日から各支払済みまで年五分の割合による金銭をそれぞれ支払え。
第二 事案の概要
本件は、ゴルフ場施設を利用するため、その経営主体である被告株式会社ザ・フォーラムカントリークラブとゴルフ場クラブへの入会契約を締結し、入会金及び預託金を支払って同ゴルフ場施設を利用してきた原告らが、その後同クラブの会員数が募集条件として示された人数を遥かに超えて増加するなど、高級クラブであることを売り物にした同クラブの募集条件と異なることとなったのは債務不履行であるとして、入会契約を解除し、入会金及び預託金の返還を求め、その代表取締役の責任を併せて追及するものである。
一 当事者間に争いのない事実等
1 被告株式会社ザ・フォーラムカントリークラブ(以下「被告会社」という。)は、ゴルフ場及びホテルの経営等を事業目的とする株式会社であり、被告野間口洋二(以下「被告野間口」という。)は、被告会社の代表取締役である。
2 原告四元陽英(以下「原告陽英」という。)は、昭和六三年五月三〇日、同四元加代子(以下「原告加代子」という。)は、平成五年一月一九日、同船戸節夫(以下「原告船戸」という。)は、平成四年一月二四日、同冨岡信行(以下「原告信行」という。)は、平成元年一二月七日、同冨岡さと子(以下「原告さと子」という。)は、同日、それぞれ被告会社との間において、その経営する左記ゴルフクラブ(以下「本件クラブ」という。)の個人正会員となる会員契約を締結し、被告会社に対し、入会金および預託金の合計額として、原告陽英は、二〇〇〇万円(うち入会金二五〇万円)を、同加代子は、八〇〇万円(うち入会金一〇〇万円)を、同船戸は、八〇〇万円(但し、預託金は、前会員の高木栄光から承継し、入会金一〇〇万円のみを現実に支払った。)を、同信行は、二七〇〇万円(うち入会金四〇〇万円)を、同さと子は、二七〇〇万円(うち入会金四〇〇万円)を、それぞれ支払った。
記
名 称 ザ・フォーラムカントリークラブ
所 在 地 埼玉県秩父市品沢坊ケ入一六四一番地
用地面積 約一〇六万平方メートル
コ ー ス 一八ホール
設計・監修 トム・ワトソン
コース設計 株式会社ユニエースコンサルタント
コース施行 フジタ工業株式会社
ハウス設計 新日本製鉄株式会社
ハウス設計 右同
役 員
顧 問 田中正一(旧日商岩井株式会社相談役)
吉国一郎(株式会社日本コンベンションセンター代表取締役社長)
理事長 山口明(日本ケミファ株式会社代表取締役会長)
副理事長 前野徹(株式会社東急エージェンシー代表取締役社長)
理 事 野間口勉(東京航空食品株式会社代表取締役社長)外
(各原告らの入会金額について《証拠略》)
3 本件ゴルフクラブは、平成二年一〇月頃正式に開場しているが、募集は昭和六一年一一月頃から開始しており、原告陽英、原告船戸の前会員である高木、原告信行及び同さと子は、正式開場前からのメンバーである。
4 被告会社は、その会員募集に際しては、本件ゴルフクラブにつき、「トム・ワトソン設計の本格コース、総監修は新日本製鉄株式会社」と銘打ち、その本格コースの会員であることを裏付けるものとして、下記事項を募集条件とした。
記
(一) 本件ゴルフクラブは、実りあるフォーラム(集い)を実現するためのものである。
(二) 最終正会員を、一〇〇〇名とする。
(三) 入会資格は、年齢満三〇才以上の日本国籍を有する者で、上場企業、公共企業体に属する役職者又は同等の社会的信用のある者とする。
(四) クラブハウスの二階レストランにおいては、ブレザー着用を義務づける。
(五) ビジターが土曜、日曜又は祭日に利用するには、会員の同伴が必要である。
5 原告船戸は、平成六年三月一一日本件クラブの会員名簿を同年五月に発行し、その後は一年おきに発行すること、バーター券(裏証券)は絶対に発行しないこと等を内容とする要望書を内容証明郵便として被告会社に送付した。
6 原告らは、平成六年六月六日付け内容証明郵便によって、被告会社に対し、それぞれの会員契約を債務不履行を理由として解除する旨の意思表示をし、この意思表示は同月七日被告会社に到達した。(到達の日について、《証拠略》)
二 争点
1 原告らが、被告クラブの募集条件として主張する事項は、本件入会契約上の被告会社の債務となっているといえるか。
2 原告らは、被告会社が、上募集条件を満たしていないとして本件入会契約を解除することができるか。
3 被告野間口は、代表取締役として、被告会社が原告らに与えた損害について賠償責任を負うか。
三 争点に関する原告の主張
1 争点1について
被告会社は本件ゴルフクラブについて、ゴルフコースのみならず併設しているクラブハウス、ホテルを含め、全体の雰囲気がいわゆるエグゼクティブのためのグレードの高いゴルフクラブであることを標榜し、本件募集条件は、その前提をなすものである。原告らは、このような前提の下で本件入会契約を締結した。したがって、被告会社は、原告らに対し、右前提条件を維持する義務がある。
2 争点2について
被告会社は、遅くとも平成五年九月以降は、以下のとおり右1の義務を履行していない。
(一) 会員の質が低下している。限定した入会資格及び会員数は守られていない。
被告会社は、平成六年二月エグゼクティブチケットなるものを販売した。これは、平日券四〇枚、土日券二〇枚及び宿泊券三〇枚をセットとして一〇〇万円で販売するものである。これによって、本来メンバーの同伴を必要とする土曜、日曜及び祝日のプレイがビジターだけで、しかも非常に割安に可能となることとなる。
また、被告会社は、平成六年九月からビッグキャニオンリゾートクラブ会員権を販売しようとしている。これは、この会員になると、フォーラムグループ関連会社のクラブ施設を共同利用できるというものであり、本件クラブについては平日のプレーが会員扱いとなる。平日会員については、通常正会員の半数程度が限度であるといわれており、このようなリゾート会員権の発行は、正会員や平日会員の権利を阻害するものである。また、日祭日について、会員の同伴を必要としない日祝日プレイ宿泊パック券が出回るなど、通常のメンバーコース以上にパブリック化している。
(二) 一日のスタートの組数も五五組から五八組にまでなっており、ゆったりしたプレイは保証されていない。
(三) クラブハウスの二階レストランにおいては、ジーンズ、Tシャツのグループが横行し、ブレザー着用義務は反故になっている。
(四) ゴルフ専門誌上に被告会社が裏証券を発行しているとの疑惑が報道されており、現に原告信行は、平成六年三月頃本件ゴルフクラブの支配人杉本信夫から、現在三〇〇〇名位の会員がいる旨聴取している。
(五) 本件ゴルフクラブの会員権相場も、昭和六三年三月頃は二〇〇〇万円程度であり、バブルがはじけ、会員権相場が最高時の約三分の一となったといわれる平成四年から五年の初めにかけても七〇〇万円から一〇〇〇万円であったが、平成五年一〇月以降においては、二七〇万円から三〇〇万円で推移しており、信じられないような凋落ぶりである。
3 争点3について
被告会社は、本件ゴルフクラブ会員から数百億円に上る預託金を集めており、堅実な経営を行えば当初の約束は十分履行できたし、現にオープンから数年はそのように運営されてきた。この約束が履行できなくなったのは、被告野間口が会員の預託金によって本件ゴルフ場が造成されているとの認識を欠き、見通しのないゴルフ場用地の買収等乱脈経営に走り、多大の借財を背負ったことによるものであって、同被告は、被告会社の代表取締役として、同被告の債務不履行を積極的に推進した者として、原告らの入会契約解除に基づく原状回復義務について、商法二六六条の三の規定又は不法行為責任に基づき取締役個人としても責任がある。
四 争点に関する被告の主張
1 争点1について
本件ゴルフクラブ入会契約の内容に、原告らが募集条件であるとして主張するような細やかなグレード内容が含まれているとはいえない。
2 争点2について
(一) 会員制ゴルフ場の全てにおいてビジターのプレイが認められており、そのことは入会者が常識的に理解していることである。ビジターの利用がなければゴルフ場の経営は成立しない。被告が、ビジターやゴールド会員に対し本件ゴルフ場におけるプレイを認めたのは、会員の優先的利用を実現したうえ、余剰の空白時間を利用して収益をあげ、ゴルフ場の経営を維持するためである。原告らは今日まで本件ゴルフ場を利用してきており、現在もこれを利用することが可能である以上、解除すべき債務不履行はない。
(二) 一日のスタートが毎日五八組もある訳ではなく、本件ゴルフ場がパブリック化していることはない。現在本件ゴルフ場のスタート予約は何ら支障がない。どのような名門ゴルフ場でも土曜や日曜は一ヵ月位前のスタート予約は普通のことである。
(三) 入場者の服装を規制することは、問題があり、そのような規制をすることが法的義務の問題であるとはいえない。
(四) 本件ゴルフ場は、都心から自動車で約二時間半を必要とする、やや遠方に所在するものであるため、正会員が三〇〇〇名程度存在する伊豆半島のリゾートゴルフ場同様会員数が多すぎるということはない。会員が増加したのは、ゴルフ場を倒産させない為に、会員権を担保に供したことが原因である。また、原告加代子のように、被告会社の他の会員制クラブの預託金を振り替えたことも会員増加の原因となっている。
(五) 会員権相場の詳細は承知していないが、最近の価格の低迷は、日本経済の不振が原因と思われる。
三 争点3について
被告野間口は、適法に被告会社の業務を行ってきている。
第三 争点に関する判断
一 争点1について
被告会社は、数次にわたって本件ゴルフクラブ会員を募集するについて、その募集要項或いはその概要を記載した書面に常に最終正会員の人数を一〇〇〇名と表示している。被告会社は、原告らとの入会契約締結に当たって、会員数を一〇〇〇名とすることを約束している訳ではないから、正会員をこの人数以内とすることが、各入会契約上の債務となっているということはできない。しかしながら、ゴルフクラブの会員数がどの程度のものであるかは、予約の難易、プレイの余裕や、会員の質ひいて会員権の価値等に重大な影響を及ぼすものであるから、ゴルフクラブ入会を決定するについて、最終の会員数がどれだけのものと想定されているかは、重要な考慮要素であり、本件会社も、会員数が一〇〇〇名に限定されていることも、本件ゴルフクラブが高級なものとして設定されていることの一要素となっているものとして、このような宣伝をしたものと認められるから、入会契約においても、会員数が一〇〇〇名ないしこれをそれ程大幅に上回らない範囲の数に止めることは、被告会社の債務となっているものと解すべきである。その余の原告主張の各事項について、これが入会契約上の債務となっているかどうかについては、後記のとおり、会員数の限定の点において既に被告会社に債務の不履行があると認められるから、判断を示さないこととする。
二 争点2について
1 被告提出の会員一覧表によれば、平成七年五月一三日現在において、本件ゴルフクラブの会員は、同一人が複数の会員権を持っているものを含み、四四〇〇名余に上っていることが認められる。このように会員数が増加したことについては、被告らも、被告会社が本件クラブの会員権を担保として資金の融通を受け、その結果、募集外の会員権が市中に出回ったことを自認するところである。これに反する乙第一号証の記載は採用できない。
2 原告らが本件入会契約を解除した平成六年六月六日現在における本件クラブの会員数は明らかではないが、原告らの陳述書及び原告ら各本人尋問の結果によれば、平成五年秋頃から本件クラブの雰囲気が悪くなったことが認められ、平成五年一一月一六日発行の週刊パーゴルフ誌上においても、ゴルフ会員権業者間において被告会社の本件クラブ裏証券発行の噂が広まっており、現に本件クラブの会員権相場が一月に七〇〇万円であったものが当時二四〇万円前後と周辺と比べても非常に安い相場となっている旨報道されている。これらの事実からすれば、原告ら解除当時の会員数も前記の数字とさほど異なるものではなかったと推認される。
前記のとおり、一〇〇〇名を大幅に上回らない範囲に会員数を抑えることは、被告会社が原告らに対して負う入会契約上の債務であり、四〇〇〇名を超えるような会員数とすることは、それ自体で既に被告会社の債務不履行として解除原因となるものというべきである。
3 そればかりでなく、被告会社は、本件クラブが会員制であって、ビジターは土日祝日には会員と同伴する場合にのみプレイが可能となる建前であるのに、会員の同伴もその紹介もなく、ビジターのみでプレイができることを前提とする平日券四〇枚、土日祝券二〇枚及び宿泊券三〇枚がセットになったエグゼクティブチケットなるものを一〇〇万円で売り出し、購入すれば他のゴルフクラブとともに本件クラブについても平日会員扱いとなるというビッグキャニオンリゾートクラブなる会員権を売り出し、宿泊パックとしてビジターのみでプレイすることのできるパックを平日二万八〇〇〇円、土日祝日三万八〇〇〇円で売り出していることが認められる。
このようなセット券等の販売は、本件クラブをパブリック化するものであり、会員である者の信頼を裏切るものであって、入会契約上の義務に背反し、解除事由となるものというべきである。
現に原告らは、平成五年秋頃から、本件クラブにおけるプレイの予約が取り難くなって、一日のスタート組数も五五組以上にのぼるようになり、到底余裕のあるゴルフプレイをすることができなくなった旨を訴えており、本件クラブの会員権を名義書換料一〇〇万円込みで一二〇万円で売却する旨の会員権業者のビラが配られるまでになるなど、およそ会員制クラブとはいい難い現状となるに至っている。
4 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件解除は有効になされたものというべきである。
三 争点3について
原告らは、被告野間口の商法上の責任を主張するが、被告会社が前記各行為をする際、被告野間口にその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったことを認めるべき証拠はない。原告らは、被告野間口の不法行為責任をいうが、どのような行為をしたことをもって不法行為とするのか明らかではなく、この主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第四 結論
以上によれば、原告らの解除は有効であるから、被告会社は、原告らに対し、預託金を返還する義務があるものというべきである。原告らは入会金の返還をも主張する。しかし、原告らは、解除に至るまでの間数年にわたって本件クラブでプレイをしており、このような場合においては、本件入会契約の当事者は、本件ゴルフ場において会員として取り扱われ、かつ会員としての義務を尽くすという継続的な契約関係に入ったものとみるべきであるから、入会契約を将来に向かってのみ解除することができるものと解すべきである。そうすると、原告らは入会金相当額については、その返還を求めることはできないというべきである。
(裁判官 中込秀樹)